ホウ素 硼素 boron

2000年6月19日更新

欠乏植物 対照植物
ホウ素が欠乏したサトウダイコン根の様子(左)。 根端が黒く壊死している。 右はホウ素を与えている根。 (写真をクリックすると拡大画像が表示されます)


目次


植栄研のホウ素研究

はじめに

ホウ素が高等植物の必須元素であることが明らかにされたのは1923年です。 ホウ素の機能について,細胞壁の合成,細胞膜の完全性の維持, 糖の膜輸送,核酸合成,酵素の補酵素など多くの仮説が提案されてきましたが どの説も広い支持を受けるに至っていません。 細胞の機能は細胞内小器官によって分担されていますから ホウ素が植物体内でどこに存在するかがわかれば ホウ素の関係する代謝反応も明らかになると考えました。 そこで細胞内でのホウ素の局在部位を同定する実験を開始しました。

ホウ素定量法

ホウ素の定量にはクルクミン,アゾメチンHなどを用いる比色法が 用いられてきましたが,いずれも少ない試料量には適していなかったので, 1,8-ナフタレンジオールとHPLCをもちいる感度の高い微量定量法を開発し これを用いてホウ素に関する実験を開始しました(3)。 最近はさらに簡単なクロモトロープ酸法で測定しています (8)。

ホウ素の局在部位

培養細胞を用いてホウ素がどこに存在するかを検討したところ, 細胞が含有するホウ素の98%が細胞壁(アポプラスト)に存在していました。 残り2%がどこにあるのかわかりません。 これが細胞膜の内側(シンプラスト)に存在して生理作用を果たしている 可能性も完全には否定できませんが, 細胞の増殖速度で検討したホウ素の要求量から考えると, 細胞内にあるかもしれない2%のホウ素が作用しているのであれば, 要求量はもう少し少なくてもよいように思います。 そこでホウ素は細胞の外, すなわちアポプラストで機能しているのではないかと考えました (1)。

細胞壁

そこで細胞壁ではどのような多糖に結合しているのか, 細胞壁を加水分解酵素で断片化し, ホウ素含有率の高い断片を検索したところ, ホウ素はただ1種類の断片にのみ検出されました。 このホウ酸-多糖複合体中でホウ素は 4配位子を持つホウ酸の形で存在していました。 つまりホウ酸はこの複合体中でふたつの糖と 結合していることを示しています。 希塩酸処理でホウ酸を外すと糖鎖部分の低分子化が起こりました(2)。

ホウ素多糖複合体の単離と構造決定 B-RG-II complex

この多糖部分の構造とホウ酸の除去による低分子化について検討を進めました。 精製したホウ酸-多糖複合体の構成糖分析を行ったところ, 約半分がウロン酸,残りの中性糖にはラムノース,アラビノースなどの他に, 2-ケト-3-デオキシ糖,アピオース,アセリン酸,2-O-メチルフコースなど, 稀少糖が含まれていました。 細胞壁からペクチナーゼによって可溶化されること, 上述のような稀少糖が含まれることなどから, この多糖は1987年ジョージア大学アルバーシャイムらに よってシカモア培養細胞細胞壁から単離されたラムノガラクツロナンII (rhamnogalacturonan II,RG-II)なのではないかと考えました。 そこで彼らの分析法に準拠して分析を進めたところ, 糖鎖部分はRG-IIであることが確認できました。 さらにホウ酸を希塩酸処理で除くと, 分子量が半減したRG-II単量体になることがわかりました。 つまり細胞壁から穏和な条件で単離されたRG-IIは, ホウ酸2分子によってRG-II単量体が架橋された二量体で, それこそ私たちが単離したホウ酸-多糖複合体だったのです(5)。 さらにこの二量体は,RG-II単量体とホウ酸を pH 4.0で混ぜるだけで再び二量体を形成しました(7)。 しかし必要なそれぞれの濃度が高く, なにか別の因子を見落としている可能性が考えられました。 最近の検討で,この因子はカルシウムイオンである可能性が 考えられるようになってきました(16)。

B-RG-II complexは高等植物に普遍的に存在する

RG-IIは他の多糖には含まれないような稀少糖が多く含まれています。 それゆえにRG-IIは特殊な多糖で高等植物に普遍的に含まれている多糖ではない と考えられたこともあります。 しかしダイコン細胞壁中では,そこに含まれるほとんどのホウ素が ホウ酸の形でこのRG-IIと会合して存在していたという結果は, この多糖が他の高等植物種でもホウ素の担体(キャリア)として 機能している可能性が示唆されました。 そこで入手しやすい高等植物について, 細胞壁中のホウ素とRG-IIの含有率の関係を調べたところ, 24種類の供試した植物すべてにRG-IIが存在しており, 細胞壁ホウ素とRG-IIの比は1:1,すなわち2分子のRG-IIに 2分子のホウ酸が結合した形でした(6)。 タバコ培養細胞にもおなじようなホウ酸多糖複合体が 存在していましたし(7), 発芽中の花粉にも多量に存在していました(11)。

局在部位の免疫電顕による同定

このホウ素-RG-II複合体をウサギに注射し抗体を作らせました(15)。 この抗体を用いて細胞内での分布を免疫電顕によって検討しました。 ダイコン幼植物の根の切片で観察しました。 切片にPG-IIの抗体(一次抗体)を反応させたあと, ウサギのイムノグロブリンに反応するヤギの抗血清(二次抗体)を反応させます。 この二次抗体は金粒子で標識してあり 電子顕微鏡で一次抗体の存在する部位を観察することができます。 光学顕微鏡で観察する場合にはさらに銀イオンを反応させ, この銀イオンを金粒子で銀を還元させた銀粒子を観察します。 光学顕微鏡で見るとすべての細胞の細胞壁に抗原が存在していることがわかりま した。 同様の観察をイネ根,クローバー根粒,タバコ培養細胞などでも行い, ダイコンと同じ結果を得ました(15)。 つまりホウ素-RG-II複合体はすべての細胞壁に存在するようです。 電子顕微鏡の観察では,この複合体は細胞壁の中で より細胞膜に近い側に多く存在していました。 若い細胞で細胞壁がまだ薄い場合には金粒子は細胞膜の上に乗っているように見 えました。 すなわちこのホウ素RG-II複合体は,RG-IIが細胞内から分泌された直後に 形成されることが考えられます。 ユリ花粉管でも細胞壁一面に金粒子が観察されました。 花粉管の伸長に必要なホウ素はホウ酸-RG-II複合体として機能していると思われます。

ペクチン鎖B-RG-II 架橋はCaによって補強される

カルシウムイオンとホウ酸-RG-II複合体の関係についても新しい知見が得られました。 単離したRG-IIを試験管内でホウ酸とまぜると,双方の濃度が高ければ再会合が起こります。 生体内で予想される速度や濃度で両者を会合させるためには カルシウムイオンが必要でした。 単離精製したホウ酸RG-II複合体には,カルシウムイオンは2分子, ホウ素と等量含まれていました。 そこでホウ素に続いてカルシウムの細胞内分布も同時に検討しました(16)。 植物細胞に含まれるカルシウムイオンの多くの部分が細胞壁に検出されました。 細胞壁ではペクチン質多糖のガラクツロン酸カルボキシル基の負電荷と イオン結合していることが考えられます。 このようなカルシウムイオンは 細胞壁をEDTAのようなキレート剤で処理することで除くことができ, この処理によるカルシウムイオンの除去に伴ってペクチン質多糖が可溶化されます。 従来,シュウ酸や高い濃度の食塩によるカルシウムの除去が ペクチン質多糖の可溶化に用いられてきました。 細胞壁を調製するに当たり,細胞壁多糖を分解する活性が生きている細胞には含まれています。 ペクチン分解酵素も存在しており 抽出に時間をかけると徐々に分解され低分子化されていきます。 そのため細胞壁の抽出には脱水を兼ねて熱エタノールなどが用いられてきました。 しかし脱水や加熱はペクチン質多糖の性質を変えてしまう可能性もあります。 そこで細胞壁分解酵素を除くために,この実験では界面活性剤SDSを用 いました。しかし細胞壁をSDSで洗浄しますとカルシウムイオンの大部分も除去さ れてしまいました。これは予想していない結果でしたが,一つはSDSの対イオンで あるナトリウムイオンの効果かもしれません。 1.5% SDS (pH 6.5) 処理で細胞壁の98%のカルシウムイオンが除去されましたが, ペクチン質多糖は20%が除去されただけでした。 ホウ素は87%が残っていました。 残った2%のカルシウムは引き続くキレート剤処理で除去され, それによって50%のペクチン質多糖が溶出しました。 また,キレート剤処理によって細胞壁ホウ素のすべてが除かれました。 これらの結果は,細胞壁カルシウムの2%が50%のペクチン質多糖の保持に 機能していることを示しています。 つまり細胞壁カルシウムの大部分はペクチン質多糖の保持には関与していません。 次に,SDSで洗浄して2%しかカルシウムの残っていない細胞壁をペクチナーゼで処理し, どのペクチン質にカルシウムが会合しているのかを検討しました。 カルシウムはすべてホウ酸-RG-II複合体に存在していました。 これらの結果は,ペクチン質多糖を細胞壁にとどめることに機能しているのは カルシウム-ホウ酸-RG-II複合体であることを示しています。

ホウ素欠乏細胞におけるB-RG-II複合体

タバコBY-2培養細胞の培地にはホウ素が1ppm添加されています。 この細胞をホウ素を含まない培地に移すと増殖できず死んでしまいます。 細胞をホウ素濃度が1/10の培地に移植すると最初は増殖しませんが次第に増殖しはじめ やがてもともとの細胞(対照細胞,1 ppmホウ素を与えられている)と 同じくらいの速度で増殖する株(馴化株)が得られました。 この操作を繰り返してついには元のホウ素濃度の1/1000である 1 ppbでも生育できる細胞株を得ることが出来ました。 50ppbホウ素培地で培養された細胞では培地ホウ素濃度が1/20に低下しているのに対し 細胞のホウ素含有率の低下は1/6でした。 この細胞壁をペクチナーゼ処理したペクチン分解物を DEAE-Sepharoseカラムクロマトグラフィーにかけたところ, 対照細胞の細胞壁に含まれるRG-IIのすべてが二量体で存在していたのに対し, 馴化細胞のRG-IIはホウ素を含む二量体とホウ素を含まない単量体の 二つの形態で存在していました(17)。

ホウ素過剰イネ品種の選抜

また,最近環境へのホウ素の放出について規制が行われるようになり, 排水中のホウ素は1 ppm以下とすることになりました。 ホウ素は防かび剤や目薬として用いられることから 生物と相互作用することは間違いありませんが, どのような機作でどの部位に作用するのかははっきりしていません。 1997年,xx県で産廃処理場からホウ素を高濃度に含む水が流れ出し 下流の水田が障害を受けたことがあります。

そこで京大育種研究室(谷坂教授,D3 清水君)との共同研究として 水稲栽培品種のべ180種を用いてホウ素過剰耐性の品種間較差を比較しました。 その結果,耐性に大きな違いのあることがわかり, 清水君の手でそれらのF1が作成され, 後代でのホウ素過剰耐性の分離パターンについて検討を進めています。 われわれはホウ素過剰耐性発現の機構について 検討を進めています(18)。

さいごに

ホウ素はそのほとんどが細胞壁に局在し,しかも細胞壁ホウ素のほとんどが ラムノガラクツロナンIIと呼ばれていたペクチン質多糖と複合体を形成していました。 この結合はカルシウムイオンによって補強されていました。 培地からホウ素を除くと細胞は死んでしまいます。 ホウ素がラムノガラクツロナンIIと複合体を形成すること,と細胞が生存すること, の間には大きな未知の部分があります。 ホウ素を除いたとき,細胞にどのような変化が生じるのか,私たちの仮説に基づくなら, ホウ素がペクチン鎖の架橋をしないとき細胞にどのような変化が生じるのか, を明らかにしていこうと考えています。 最近総説を書かせてもらいました(19)。

最近試みていることをまとめました。


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論文

  1. Boron nutrition of cultured tobacco BY-2 cells. 1. Requirement for and intracellular localization of boron and selection of cells that tolerate low levels of boron.
    Matoh,T, Ishigaki, K, Mizutani, M, Matsunaga, W, and Takabe, K
    Plant Cell Physiology, 33: 1135-1141 (1992)
  2. Purification of a boron-polysaccharide complex from radish roots.
    Matoh, T Ishigaki, K and Azuma, J.
    Plant Cell Physiology, 34: 639 642 (1993)
  3. 2、4-ジニトロ-1、8-ナフタレンジオールを用いるホウ素の微量定量法
    間藤 徹、松永和紀、水谷正治、大野香織
    日本土壌肥料学雑誌 64:71-73 (1993)
  4. ホウ素はペクチンに結合して細胞壁に局在する 微量必須元素ホウ素の機 能解明へのワンステップ
    間藤 徹
    化学と生物 32:694-695 (1994)
  5. Two chains of rhamnogalacturonan II are cross-linked by borate-diol ester bonds in higher plant cell walls.
    Kobayashi, M, Matoh, T and Azuma, J.
    Plant Physiology, 110: 1017-1020 (1996)
  6. Ubiquity of a borate-Rhamnogalacturonan II complex in cell walls of higher plants.
    Matoh, T, Kawaguchi, S and Kobayashi, M.
    Plant Cell Physiology, 37: 636-640 (1996)
  7. Boron nutrition of cultured tobacco BY-2 cells. II. Characterization of the boron-polysaccharide complex.
    Kobayashi, M, Ohno, K and Matoh, T.
    Plant Cell Physiology, 38: 676-683 (1997)
  8. A sensitive and convenient assay for boron in plant using chromotropic acid and HPLC.
    Matoh, T, Akaike, R. and Kobayashi, M.
    Plant & Soil, 192: 115-118 (1997)
  9. In vitro reconstitution of the boron-polysaccharide complex purified from cultured tobacco BY-2 cells.
    Kobayashi, M and Matoh, T.
    In RW Bell and B Rerkasem Eds., "Boron in Soils and Plants", pp. 237-241, Kluwer Academic Publishers, The Netherlands (1997)
  10. Immunocytochemistry of the borate-rhamonogalacturonan II complex in cell walls of radish roots.
    Takasaki, M, Kawaguchi, S., Kobayashi, M, Takabe K and Matoh, T.
    In RW Bell and B Rerkasem Eds., "Boron in Soils and Plants", pp. 243-249, Kluwer Academic Publishers, The Netherlands (1997)
  11. A borate-rhamonogalacturonan II complex in germinating pollen tubes of lily (Lilium longiflorum).
    Kobayashi, M, Kawaguchi, S, Takasaki, M, Miyagawa, I, Takabe, K and Matoh, T.
    In T Ando et al. Eds., "Plant Nutrition - for sustainable food production and environment", pp. 89-90, Kluwer Academic Publishers, Japan (1997)
  12. アポプラストのダイナミズム 5 細胞壁元素-ホウ素とカルシウム-
    間藤 徹
    化学と生物 35:864-869 (1997)
  13. Boron in plant cell walls, "Boron in soils and plants: Review"
    Matoh T.
    In B Dell, PH Brown and RW Bell Eds, "Boron in Soils and Plants: Reviews", pp. 59-70, Kluwer Academic Publishers, The Netherlands, (1997)
  14. Boron and calcium, essential inorganic constituents of pectic polysaccharides in higher plant cell walls.
    Matoh T, Kobayashi M.
    J Plant Res 111: 179-190 (1998)
  15. Immunocytochemistry of rhamnogalacturonan II in cell walls of higher plants.
    Matoh T, Takasaki M, Takabe K, Kobayashi M.
    Plant Cell Physiol 39: 483-491 (1998)
  16. Borate-rhamnogalacturonan II bonding reinforced by Ca2+ retains pectic polysaccharides in higher plant cell walls.
    Kobayashi M, Nakagawa H, Asaka T, Matoh T.
    Plant Physiol 119: 199-203 (1999)
  17. Boron nutrition of cultured tobacco BY-2 cells. III. Characterization of the boron-rhamnogalacturonan II complex in cells acclimated to low levels of boron.
    Matoh T, Takasaki M, Kobayashi M, Takabe K
    Plant Cell Physiol. 41, 363-366 (2000)
  18. イネ品種間におけるホウ素過剰耐性の比較
    増山啓吾,清水顕史,神山貴信,間藤徹,谷坂隆俊
    日本土壌肥料学会2000年度東京大会
  19. ホウ素の生理学 -最近の展開- 
    間藤 徹
    Radioisotopes 49, 279-281 (2000)
  20. Purification of UDP-glucronate carboxy-lyase of pea (Pisum sativum L.) sprouts and cDNA cloning.
    Nakagawa N, Miyagawa I, Kobayashi M, Matoh T.
    Plant Cell Physiol 41, S190 (2000)

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